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国際キャッシュカード

国際キャッシュカードとは、
日本の口座のお金を海外のATMで
現地通貨に変えて引き出せる、というもの。



海外で強い銀行で真っ先に思いつくのはcitibankだと思うが、
色々調べてみたら、
大きい銀行にはだいたい国際キャッシュカードが存在していた。

その中で俺が選んだのは、
最も手数料が安かったイーバンク銀行。
(2008年5月現在)



簡単な例を以下に挙げるので、
もし、国際キャッシュカードを作る機会があれば、
参考にしてみてください。

citibank
 citibank店頭のTTSに3%
新生銀行の
 VISAレートに4%
イーバンク銀行
 VISAレートに1.63%

$1=105円として、
$100引き出すとしたら、
以下のようになる。

citibank
 100*(105*1.03)=10815

新生銀行
 100*(105*1.04)=10920

イーバンク銀行
 100*(105*1.0163)=10671

使用するATMやCDによっては、
さらにATM手数料がかかる。

VISAインターナショナルもシティバンクのTTSも
日々の為替で決まっているのだろうから、
ほとんど違いはないと思い勝手に一律とした。


ちなみに、国際キャッシュカードは
クレジットカードとは別物なので注意しましょう。
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巡り合わせ

昨晩、前の会社の人から久々に電話がかかってきた。


「今、会社の近くで飲んでるんだけどこない?」



ということで、とりあえず行ってみた。


おお。


出発前に会っておきたいと思っていた、
前の会社の人達が結構来ているではないか。


ちょうどよかった。





巡り合わせがあったんだろうな。







巡り合わせがないなと思うことがあった後なので、
ちょっと嬉しかった。




年上の人が多かったせいか、
長旅に出るって話すと、
現実を直視した結構厳しい意見を言われたけど、
最終的には、気をつけていってらっしゃいと。


昨夜いなかった人達を混ぜて
また飲もうという話になり、
いい気分で散会。




今週はいい飲み会が続いて嬉しい。




来週末もいい感じになりそうな、
飲み会が控えているのがさらに嬉しい。

健康保険、国民年金、住民税

会社を辞めたら、
今まで天引きされていたものを
自分で管理しなければならなくなるので、
結構面倒くさい。

ということで、
32才独身男性サラリーマンが退職して無職になると
天引きされていたものをどのように自分で支払うのかをメモ代わりまとめた。
初めて無職を経験する人の参考になるかもしれないし。

それにしても、天引きされていたものを、
自分で払うようになるって考えると、
金額が異常に高く感じるな。

まあ、実際高いけど。


★健康保険
健康保険は必ず加入しなければならない。
退職日の翌日から1日でも空白があってはならない。

1.国民健康保険
住んでいる場所の市町村役所にて手続き。
他のところも算出方法が一緒かどうか分からないので、
今住んでいる目黒区の算出方法を載せておく。

月額保険料 = (基礎保険料+後期高齢者支援金分保険料) / 12
基礎保険料 = (加入者全員の当該年度住民税額合計×0.9) + (28,800円×被保険者数)
後期高齢者支援金分保険料 = (加入者全員の当該年度住民税額合計×0.27) + (8,100円×被保険者数)

2.任意継続保険
退職した会社で加入していた健康保険にそのまま加入すること。
会社と折半して支払っていた保険料を全額払うことになるが26,240円が上限となる。
要するに今まで天引きされていた保険料の倍の額を毎月払うってことですな。
任意継続のための手続きは資格喪失後20日以内に行うこと。

ただし、
「資格喪失日の前日まで、継続して2ヶ月以上の被保険者資格を有していること」
という条件をクリアしていないと任意継続はできない。


★国民年金
今までは国民年金と厚生年金保険に加入していた「第2号被保険者」だった。
これも会社と折半で払っていたはず。
無職になると国民年金のみの「第1号被保険者」になる。

第2号被保険者の月額保険料 = 国民年金保険料 + 厚生年金保険料
第1号被保険者の月額保険料 = 国民年金保険料


国民保険の保険料は定額になっていて平成20年度は14,410円。
平成29年度まで約300円ずつ保険料が毎年上がっていく。
厚生年金の保険料は年収によって変わる。


★住民税
1月1日現在に在住していた市町村へ納付する。
前年度の所得に対して算出された金額を、
6月から翌年5月にわたって払う。

1~5月に退職した場合は残金を一括納付。
6月~12月に退職した場合は、
6月、8月、10月、翌年1月の4分割で納付。

会社を辞める。

退職するのは2008年6月。
有休消化があるから、
実際は5月いっぱいで終わり。

正直なところ、3、4月は、
30過ぎて社会からドロップアウトすることに
得体の知れない恐怖感があって、
長旅に出ることに怖気づいたことが何度もある。

もう一度言う。

何度もある。

そんな心理状態でも、
旅の装備はどんなものにしようか、とか、
世界にはこんな場所があるのか、とか、
頭が長旅でいっぱいになっていた。

そんな状態が長らく続いているなら
行っちまえ!

ということで、
GW明けに辞意を伝え、
退職日はあっさり決定。

伝えちゃったら、
ドロップアウトすることに対する恐怖心はすっかり消えて、
早く旅の準備がしたくてウズウズしてきた。
というか、している。

先が見えないのはサラリーマンの時と全く同じ、
さらに、これからは収入がなくなるというのに不思議なものだ。

今日の時点で、
出発するまでにしたい事は何だろう?と考えてみた。

・最近見かけない人に会う
・英語とスペイン語を勉強する
・1ヶ月くらい農家でボラバイトをする

3つかなあ。

できれば1週間くらい桃岩荘に行きたい。

準備の手間と残っている時間を考えると、
ボリュームが結構あるな。


ちなみに桃岩荘では毎年、
その年のヘルパーが今年の唄を作る。
以下の動画は去年のヘルパーによる唄。

よく聴いてみるといい唄が多いです。

2007年今年の唄「また逢えるように」


抜釘

紙漉き4日間体験の半月後、
ちょうど2007年のクリスマスの頃。

2007年の年明けに怪我で手術した肩に
入っていたボルトを抜くために4日間入院した。

寝たきりで過ごした中2日で、
いつ動けなくなるか分からんな、とふと思い、
突然旅がしたくなった。

自分でも驚くくらいの大きい衝動だった。

退院してすぐの年末年始の休暇中には、
完全に長旅行きたいモードになり、
長旅した人のサイトを見まくるようになるまであっと言う間だった。

この後少ししてから、
「今は旅に出たい」と
和紙体験学習センターの人に伝える。

気持ちが中途半端な状態で和紙の世界に入っても、
お互いにとって良くなかっただろう。


ボルトが入っていた時の肩のレントゲン。ボルトの長さは約5cm。
20070319094214.jpg

紙漉き

小川和紙の産地である埼玉県小川町に、
和紙体験学習センターという場所がある。

ここでは、
普通に紙を漉くだけのお手軽体験から、
材料作りから漉くまでの流れを体験できる、
4日間総合体験学習というものもある。

脱IT業界の第一歩として、
紙漉きはどんなものかということで、
8月に紙漉き体験、
12月に4日間総合体験学習をしてきた。

小川和紙を取り巻く人達は本当に暖かかったし、
和紙に対する想い入れもかなりのものだった。

日々、座りっぱなしで黙々とカタカタと
キーボードを叩く無機質なデジタルの世界には、
向いていないと思っていたのになぜかドップリ浸かっていたため、
体を動かしてモノを作る、しかも人も良い、そんな環境に魅かれた。
しかも、紙漉き自体もなかなか面白かった。

そんなわけで、稼ぎがいいわけではないけど、
いや、むしろ悪いけど、
金もいつの間にか少しは貯まっていたので、
株やFXで副収入の手段を持ちながら、
仕事が紙漉きってのもいいかもなと思い始めていた。

2007年6月

いさじろうのブログに
「礼文島の桃岩荘は衝撃的だった」
と書かれていた。

日本各地を転々としている彼が、
そこまで言うならすごい場所なんだろう。

自分の勘が桃岩荘へ行けと言っていた。

これだけでも訪れる理由は十分だが、
時給1000円時代に羽田・福岡間を数えきれないくらい往復したおかげで、
国内なら無料で往復できるだけのマイレージが貯まっていた。

これはもう、行くしかない。

ということで、
ブログを読んだ10日後、
礼文島へ飛んだ。

6月ど真ん中ということで、
長い休みは作れず2泊3日という短い日程だったが、
ここで出会った旅人達からとても良い刺激を受け、
旅人達のうちの何人かは、
いさじろうに初めて会った時のような衝撃を思い出させた。

帰京してから、
興奮覚めやらぬうちに、
そのころ最も望んでいた脱IT業界の道を探ることになる。

そのことと同時に、
何年か前は長旅をしてみたいと思っていたな、と思い出したが、
長旅をする、という選択肢はまだなかった。


写真は桃岩荘からの眺め。
ここで眺める日の沈んでいく様子は素晴らしい。
IMGP0647.jpg

悶々と迷走する

波照間島などがある八重山諸島から帰ってきた後、
所属チームが変わることになった。

そのおかげで、心身ともに壊れそうになる忙しさになり、
好奇心は磨耗し、旅をしてみたいと思ったことすら忘れた。

しかしそんな生活にも、
ぽかっと穴が空いたように暇な日が訪れた。
2006年春のことだ。

興味本位で時給を計算したら、
新人よりも低い時給1000円強。
コンビニの深夜バイトより少し高かったくらいだ。
ということで、アホらしくなって2006年秋に転職。

しかし、転職先である今の会社は、
どうしようもなく合わないことが少しして判明。

そんな感じで、
今のままの路線だと自分が沈むであろうこと以外は
先行きがさっぱり見えない、という
気分のすっきりしない日々を過ごしていたら、
今思えば転機となる2007年6月になっていた。

長旅への憧れ

長旅に出たいという欲求が生まれたのは、
2004年に有人最南端の波照間島で、
同じ年の男「いさじろう」に出会ったことだと思う。

彼は当時、日本の食の現状を憂い、
食の現状を変えることを仕事にしたいとのことで、
まずは食に関しての見識を深めるために、
仕事を辞めて全国の農家などを
転々とし始めたばかりの頃だった。

旅と言えばせいぜい10日間の夏休みに遠出するくらい、
と考えていた自分にとって、
自分のやりたいことにひたすら向かう姿は
とても衝撃的で眩しかった。

この時生まれて初めて、
「俺も長旅してみたいなー」と漠然と思った。

しかしこの頃は、
会社を辞めて旅に飛び出す勇気もなかったし、
旅をしている自分も全くイメージできなかった。

仕事が好きってことは全くなかったけど、
人に恵まれていたからか楽しかったので、
辞める気がなかったということもある。

長旅は憧れだけで終わるだろうと、
今後も日々を何となく過ごしていくんだろう、と
八重山諸島から帰ってきた時は思っていたので、
4年後に地球放浪に踏み切ることになるとは、
この時は知る由もない…

《ニシ浜@波照間島》
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